SAHO TERAO / 寺尾紗穂

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「小さな声」は庶民の「狭い経験」?

「あのころのパラオをさがして 日本統治下の南洋に生きた人々」の出版にあたって、少し前に文春で受けたインタビュー記事がヤフーニュースで流れた。ヤフーニュースのコメント欄は予想通り、保守的な意見が目立ったのだが、その中に、どうしても見過ごせないものが一つあった。その人は戦争をなくすために必要なのは「一般庶民の感情や狭い経験ではなく、事実に即してきちんと検証すること」、と主張していた。この人が言っている事実というのは、教科書や論文に載るような、政治の動きを追った「歴史的事実」なのだろうか。外交的に追い詰められたから、こういうことをやって、国内はこんな状況だったから、だから戦争になった。だから戦争をなかなかやめられなかった。ここをこうすれば戦争を回避できたかもしれない。そういう分析は実際、ある程度進んではいるだろう。アカデミックな議論を積み重ねることは大切だ。それが国民の間に正しく理解され、さらにそれによって、確かな力のある政治家を選び、戦争をきちんと回避できる状況を作れるか、と言えば、非常に心もとない気はするけれども。
 「事実に即してきちんと検証すること」。言っていることはそんなにおかしいことではない。戦争をなくしたい、という思いも共感できる。しかし、「一般庶民の感情や狭い経験ではなく」という言葉を使う人を私はどうしても信用できない。「一般庶民」というがどれほど多様であるか。その生業、状況、生い立ち、そして経験を異にし、それぞれに感じ方も違う、ということをこの人は感じとることができていない。言ってみれば、国というものが、たいていの政治家というものが、「一般庶民」の多様さを理解できていないのと同じように感じられていない。この人の物言いは、皮肉にも自分のものの見方がどれほど一面的で「狭い」のかを表してしまっているように思う。
 戦争の全貌というものは、死傷者数や攻撃の様子だけで伝わるものではない。その被害の多様さや細部に目を配らなければその本当の「意味」を知ることはできない。どれだけ多くの人が異なる形で殺され、傷つけられたのか。誰を失い、その後の人生をどのように生きたのか。その逆に、戦争で金儲けをし、何食わぬ顔で戦後を生きたのはどういう人たちなのか。一人の人間にとって戦争とは何だったのか。
 先日、広島で被爆した川本さんというおじいさんの話を娘と聞きに言った。川本さんは、原爆投下によって、一瞬にして孤児になったたくさんの子供たちのことを話してくれた。川本さんもまたそういう子供たちの一人だったのだ。しかし運よく養子にもらってくれる人が現れた。そうでない子供たちもたくさんいた。彼らは道端に捨てられた新聞紙に群がった。食べるためだ。口に入れられるやわらかいものはそれしかなかった。やがて餓死した子供たちからはすぐに衣服が奪われた。裸の子供たちの死体が転がっていた。川本さんと彼らの運命を分けたのは小さな偶然に過ぎない。その事実が川本さんの心に今なお重くのしかかっていることを感じた。
「広島の原爆資料館いったって、あの子たちのことは知ることはできないんです。だから私が伝えんと」
とおっしゃっていた。科学が万能でないように、学者が書いた論文や今知られている歴史が起きたことのすべてではない。忘れられた命、零れ落ちた声というのはいくらもあるのだ。それらをさえ庶民の「狭い経験」と片付け、そこから学ぶべきものはないとするのだとしたら、あまりに傲慢ではないだろうか。
 「戦争はよくない。しかし・・・」という声をよく聴く。さも現実的な意見のように響く。でも思うのだが、「しかし・・・」から後の部分は国や政治家が放っておいても言い始めたり考えたりすることなのだ。「未曽有の津波によって原発は甚大な被害を受けたかもしれない、しかし・・・」といって国が原発に未練を残しているのと同じである。一人の個人が考えなければいけないことは別にある。せっかく、個として生まれついているのに、国単位の思考にひきずられてしまう。勿体ないことだと思う。
 国というのは、社会というのは、一人の人間からできている。そして一人の小さな声は決して「とるに足らないもの」ではない。一人の祈りは、往々にして、国や政治家が考えていることより、よほどまっとうで、美しいのだから。